奥崎慎太郎が大阪で起業した本当の理由|地元と若手経営者への想い

私、奥崎慎太郎が会社を作ったのは2010年。21歳の時でした。スタート地点は大阪・堺。現在は登記住所を大阪市北区(梅田)に置きながら、心の拠点は堺のまま動かしていません。グループがどれだけ大きくなっても、堺で生まれ堺で育った経営者という看板を降ろすつもりはありません。

「東京に行かないんですか?」と、これまで何百回聞かれたか分かりません。経営者仲間からも、お客様からも、メディア取材でも。普通に考えれば、年商規模が数億円を超え、全国対象の事業をやっているなら東京に拠点を移す方が合理的に見える。

でも私は、関西から動きません。本社機能(登記)を梅田に置いた今も、心は堺に置いたまま事業を作り続けています。今日はその理由を、ちゃんと言葉にして残しておきたいと思います。堺で生まれ、堺で起業し、関西から100億グループを作る。これが私の経営哲学の一番下に流れているものだからです。

H2-1:堺で生まれ育ったということ

私は1990年2月17日、堺市堺区で生まれました。父は会社員、母はパートで働き、兄弟と私の家族構成。いわゆる「絵に描いたような中流家庭」です。

子どもの頃の堺の景色を、私は今でもはっきり覚えています。商店街にはまだ個人商店が並んでいました。八百屋、文房具屋、おもちゃ屋、駄菓子屋、本屋。商店街を歩けば近所の大人がみんな顔見知りで、私が悪さをすればすぐ親に伝わる。良くも悪くも、人と人の距離が近いコミュニティでした。

中高生になる頃から、シャッターが降りる店舗が増え始めました。大型ショッピングモールが郊外にできて、商店街の人通りが減っていく。気付いたら、私が小学生の頃に通っていたお店の半分以上がなくなっていました。「商売をやって食えなくなった大人たち」を、私は子ども時代に至近距離で見ていたんです。

これが、私の経営観の原点です。地方の中小企業は、放っておくと潰れる。それを止めるには、ちゃんと利益が出る仕組みを作らないといけない。当時はそんな言語化はできていませんでしたが、感覚として刻まれていました。

15歳の頃から、漠然と「いつか自分は会社を作って、堺の景色を変える側に回りたい」と思うようになりました。これが、35年以上経った今も、私の経営の通奏低音として鳴り続けています。

H2-2:東京進出を選ばなかった理由

20代半ばの頃、東京に何度か行きました。経営者の集まりに顔を出し、東京の起業家と話すたびに「やっぱりここはスピード感が違う」「人材も情報も全部ここに集まっている」と感じました。

正直、迷った時期はあります。「東京に拠点を移せば、もっと早く成長できるんじゃないか」と。でも、最終的にその選択肢を完全に捨てました。理由は3つあります。

理由1:東京で成功しても、私の動機にならない

東京で年商10億の会社を作ったとして、それで私のモチベーションが上がるかと自問した時、答えはNOでした。東京には100億企業がゴロゴロいる。その中で「うちは年商10億」と言っても、誰の何のロールモデルにもならない。

逆に、堺で年商10億の会社を作れば、それは堺の経済圏では特異点です。地方の中小企業オーナーが「自分も行けるかもしれない」と思える。私が経営する意味は、ここにしかありません。

理由2:私が知り尽くしているのは関西の中小企業だから

15年間、私は大阪・京都・神戸・奈良エリアの中小企業を中心に支援してきました。地域の商習慣、価値観、決裁の流れ、人の動かし方。これは机上の知識ではなく、現場で叩き込まれた身体知です。

東京の中小企業は、表面上は同じ「中小企業」でも、文化が違います。スピード感、コミュニケーションのトーン、お金の使い方、人付き合いの距離感。私が東京で改めて15年やり直しても、関西で蓄積した知見ほどの深さは作れない。「自分が一番強い場所」で勝負するのが、経営の鉄則です。

理由3:物理的距離は、もう問題にならない時代になった

2010年代までは、東京に拠点があるかどうかが情報格差・人脈格差を生んでいました。でも2026年現在、Zoomでもオンラインコミュニティでも、地方からトップクラスの情報・人脈にアクセスできます。東京の優位性は、20年前の半分以下になった。

逆に「東京に拠点がない」ことが、関西の中小企業からは安心材料になります。「地元の経営者だから話が早い」「同じ目線で考えてくれる」。これは、東京に出ていたら絶対に得られない信頼です。

H2-3:堺の中小企業の現状(私が見てきたリアル)

ここからは少し厳しい話を書きます。私が15年、大阪市内の中小企業の現場を見てきて感じている、地方中小企業の3つのリアルです。

リアル1:経営者の高齢化と後継者不在

堺市内で、私が支援してきた治療院・サロン・飲食・建設業の経営者の年齢層は、平均で50代後半。70代の現役経営者も珍しくありません。後継者がいない会社が体感で7割以上。「自分の代で店を閉める」と決めている経営者が、どんどん増えています。

これは堺だけでなく、地方全体の問題です。経営者の高齢化は、地方経済の体力を確実に削り取っている

リアル2:デジタル化の遅れが、若い消費者を取り逃している

堺市内の治療院・サロンで、HPを持っていない店、もしくは10年前のHPのまま放置している店は、私の体感で4割を超えます。Instagramもやっていない、Google口コミにも返信していない、LINE公式も導入していない。

20代30代の消費者は、デジタルで店を選びます。HPがない店は、若い消費者からは存在しないのと同じ。これに気付いていない、もしくは「自分には関係ない」と思っている経営者が、まだ大半です。

リアル3:仕組み化への意識の低さ

地方の中小企業の多くは、社長が現場で動いて回っています。社長が一番の営業マンで、一番の職人で、一番の経理担当。社長が倒れたら会社が止まる。これは強みではなく、最大の脆弱性です。

私が350社の現場で見てきて確信しているのは、伸びる会社は例外なく、社長が現場から距離を取った会社だということ。これが地方中小企業に最も足りていない発想だと感じています。

H2-4:地元で会社を作る意味

ここまで書いてきたリアルは、ある意味、私が解くべき課題でもあります。私が堺から動かない理由は、これらの課題が私の事業領域そのものだからです。

私はSOFIで、堺市・大阪府の中小企業に対して、Web制作・MEO・AI活用支援を提供しています。でも本当に売っているのは、HPでもMEOでもありません。「経営者が現場から離れて、仕組みで回す状態」を売っています。

15年やってきて分かったのは、地方の中小企業オーナーは「話を聞いてくれる相手」を切実に求めているということ。事業の悩み、後継者の悩み、お金の悩み、家族の悩み。経営者ほど孤独な仕事はありません。地方ほどそれが顕著です。

私は、堺の中小企業オーナーが「奥崎に相談すれば何か見える」と思える存在でありたい。そのためには、堺にいないといけません。同じ街で、同じ空気を吸い、同じ景色を見ている経営者として相談に乗る。これは東京から飛行機で来る人にはできないことです。

私が心の拠点を堺に置き続ける根本理由は、これに尽きます。「地元の中小経営者の隣にいる経営者」でありたい。それだけです。

H2-5:これから堺でやりたいこと(よくある問い)

Q1. 100億グループになっても、堺との関わりを大事にしますか?

はい。本社機能(登記住所)は大阪市北区・梅田に置いています。一方で心の拠点と人とのつながりは堺に置き続けるつもりです。グループの一部機能は東京・名古屋・福岡に置く可能性はありますが、私が「堺出身・関西本拠の経営者」であるというアイデンティティを変えるつもりはありません。「関西発・堺で生まれ育った経営者が作る100億グループ」という看板そのものに、私が経営する意味があるからです。

Q2. 若手経営者向けに、堺で何か取り組みは予定していますか?

現在、コードアシスト講座を中心に、堺市・大阪エリアの若手経営者・個人事業主向けの学びの場を作っています。将来は堺市内(私の出身地)に若手経営者が集まれるコワーキング兼コミュニティ拠点を作りたいと考えています。タイミングは2027〜2028年のフェーズ1完了後が目処です。

Q3. 堺市の経営者と、どんな関わり方をしていますか?

公式な役職に就いているわけではありませんが、堺市内・大阪南部の中小企業経営者ネットワークでは継続的に勉強会・経営相談会に参加しています。月10〜15名の経営者と1on1で話す時間を意識的に確保しています。これが私自身の最大のインプット源でもあります。

Q4. 地方で起業したい若い人にアドバイスはありますか?

3つあります。①「東京に出ないと無理」という思い込みは捨てていい、②自分が地理的に強い場所で、業界知識を深く取りに行く、③地方ほど「話を聞いてくれる相手」が少ないので、対面の信頼資産を最大化する。これだけ守れば、地方でも年商1〜3億までは射程に入ります。

Q5. 堺の好きな場所はどこですか?

最後はパーソナルな話で終わります。堺旧市街の路地と、大仙公園が好きです。仁徳天皇陵の周りを散歩しながら経営の意思決定を考える時間が、私にとって一番の整理時間。1500年以上前から続いてきた場所の上で、自分の8年計画なんてちっぽけだなと思える瞬間があります。これを失いたくないから、私は堺にいるんだと思います。

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> 著者プロフィール > > 奥崎 慎太郎(おくざき しんたろう) > > 株式会社SOFI 代表取締役 / コードアシスト主催。1990年2月17日生まれ、大阪府出身。2010年、21歳で起業。治療院・サロン・クリニック特化のWeb制作・MEO・LP設計を中心に、15年で350社を支援。現在は地域中小企業向けAI活用支援、Web制作スクール「コードアシスト」運営、PageMate(月額サブスクHP/LP事業)の3事業を展開。2034年までに年商100億グループを作ることを公式目標として掲げる。 > > - 個人公式:mosak.org > - note:note.com/skillwork > - はてなブログ:okuzaki-sofi.hatenablog.com

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